スサノオ・テレビも忘れちゃいません

スサノオ・テレビは今年のテーマなので、頓挫しているとはいえ忘れたわけではないのです。これは日本史の深層に踏み込むプロジェクトで、一面のライフ・ワークでもあります。

人生とは面白いもので、若い頃に抱いた疑問に、歳を取ることによってだんだんと答えが出てくることがあります。

狗奴国って、クナトの大神を奉じた富氏一族のことではないのか、とか。
かなりマニアックな話しですが、国譲りの時代に、九州勢力対近畿・中国勢の争いがあったという伝承があるのです。
魏志倭人伝では、ヤマタイ国対クナ国の戦いとなるでしょう。
興味ありますか? こういう非常識的なハナシ。なければ読み飛ばしてください。マニアックと自負するので、私も心苦しい。
とはいえ、私も本で読んだだけではなく、足で歩いて富氏という存在を確認したので、うっちゃるわけにもいかないのです。富神社というものが、伝承どおり実際に散在しているのです。

神武東征って、九州勢力対近畿・中国勢力の戦いでしかないのに、学会の人たちの議論って、これまでヤマタイ国がどこにあったかというバカらしいものでしかありませんでしたね。九州に決まっとろうが。しぇからしかよ。
こと古代史に関しては、学会ほど頼りにならないものもないので、誰も相手にしないし、妄想が蔓延る原因ともなっていますな。
あはは、私なんざのスサノオ論もそのひとつでございます。

そういえば、日ユ同祖論なんてのもあったなと思い出したのでした。
これがね、伊勢神宮参道の灯篭にユダヤのマークが彫り込まれている(事実)など、傍証も沢山あるのです。
また、職場の古いおっちゃんが、そんなトンデモに類する本を読んでいて、私に勧めるわけなんですよ。そんなこと知ってるし、私にはどうでもいいことなんですが、そのおっちゃんにとっては、日本を知る手立てなのだろうと思っていたのでした。
四国巡礼なども、40過ぎてから企てる人も多く、なんとなく自文化への興味が出てくるお年頃ですね。定年過ぎても、深まりこそすれ、なくならない習性ではあるでしょう。老い先短くなれば、自然とそうなるようです。そうしたことは、大切に思います。

でね、私としては、日本とユダヤというより、メソポタミアとの関係を重視するわけです。
これまでもスサノオ・テレビのコラムで述べてきましたが、要は民族移動に関することなので、産鉄文明から追うべきなのであります。その方が広いでしょう。
確かに、スサノオ民俗である蘇民将来は、ユダヤの過ぎ越しの祭りに近い説話ですが、だからといって日ユというのではなく、メソポタミア地方の伝承が来たというほうが広いでしょう。
別にそれでトンデモといわれるなら構わないけれども、だったらこの類似性はどう説明できるのかと反問したい!
ゴオオー。
と叫びが出たところで、本日は終了します。
ふざけているつもりは、全くありません。





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さて、マンガ表現とは?

仙境異聞をマンガ化しようと思い立った。
で、マンガ表現とは何かと思ってみている。

四コマ・マンガって、時間の経過など、実は映画フィルムのコマに似ているなと思う次第なのであります。
それで、仙境異聞をマンガ化するにあたって、本当にそうした表現でよいのだろうかと思っていたのです。選択肢は、絵物語のスタイルもあるからです。
確かに、時間の経過がコマ送りになるスタイルのほうが、馴染み深く読みやすいかと思われますが、反面で絵を簡略化することになり、この題材の場合では、コマ数が多いことより、絵物語の方が適しているかと考えたのです。

絵物語というのは、たとえれば紙芝居みたいなものです。ブログで書くのなら、なにも四コマまんが形式である必要はない。別に、絵物語なら、セリフを書いたり、状況説明したりという映画のシナリオのようなことがやれます。

さて、主題の仙境異聞ですが、これは幕末のお話で、相当程度はそうした時代の雰囲気を反映しているものです。
「国防に備えて、武器の知識を開陳するも可」
といったセリフが寅吉発言に見られます。
そして、上田秋成の雨月物語も、この頃成立しています。そんな魅力的な時代なのに、ムリに舞台を現代に持ってくる必要はあるのかと考えたりします。
内容的には、市井の人たちを助けるという普遍的なものになるのですが、その舞台が幕末というのも面白いかなっと。
あるいは、ドラえもんのどこでもドアみたいに、時代を縦横するのも面白いかもしれません。

こうした妄想を巡らせている時が、一番楽しいですね。始めてしまうと、苦行でしかなくなります。

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火星の権能

職業柄、夜に巡回するのですが、ここのところ火星がやけに明るいと感じていました。
「はて、面妖な」
ところで、こんなこともあるかと考えていました。
「夜空に赤い星が光るのは凶兆、戦乱にござりまするぞ」
と三国志で諸葛亮孔明が言ったかなと不確かな記憶を辿って見ていたものです。
数日前、15年ぶりの火星接近というニュースに触れて、やっと合点がいきましたが。

(15年前って、オレは何してたんだろう)
などと思っていたのですが、順々に記憶が蘇ってきて、
(そうだ、四国巡礼していたではないか)と思い出されました。
(道理で、四国巡礼の時に出会ったNさんが最近しきりと思い出されたわけだ)
などと。
記憶って、本筋直結ではなくて、周りを迂回して思い出されるものですね。さてもさても。

四国巡礼の旅日記に、「火星の権能」を我が物としてなんて大仰なことを書いていたなと思い出しました。巡礼ハイってやつで、どうしても万能感は出てくるので、そこは勘弁してください。
要は、15年前の火星接近を思い出したというわけです。
そう、あの夏も暑くて、8月を避けて9月出発としたのに、残暑が厳しかった。買った行衣が小さくて、前腕をカバーしないので、日本手ぬぐいをいつも巻いていたほどでした。
下は海パンみたいな半ズボンでしたから、
「近頃、おかしなやつが増えて困る。遍路をなんと心得ているのか」
と聞こえよがしに言われたこともあります。そんなことも気にしないのが私の強さなんですがね。強情なところがあって、他人への斟酌などしないのです。大体私は遍路修行なんてつもりはなくて、巡礼だったのです。なにか宗教に帰依したことはありません。巡礼は宗教じゃなくて信仰でしょう。メイビィ。
折りしも、欧州でもブラック・マリアのピルグリムが流行っていた頃でした。エリック・クラプトンがアルバム「ピルグリム」を出した影響はあったかも。

調べてみると、2003年は欧州でも熱波があり、多くの死者を出したとされます。日本もどえらく暑かったのですがね。
ですから多分、占い師で今年は熱波だと予言した人はいるはずです。なぜ話題になってこないのかはわかりませんが、ネットで探せばきっといますよ。だからどうということもないのですが。

思えば2003年は冬に台風が来ていました。このことが、私の天候操作のキッカケになりましたので、明確に覚えています。
「台風でも来ないかな。流石に冬は来ないんだろうが」
などと思っていて実際に来て、驚いた疑問が英語張りのASK(頼み)に変化していったのでした。

何書いてんだろうな、オレは。酔いが回ったかな。
先から話題にしているバーボンですが、昨日アマゾンで注文したやつが来ました。
「エライジャ・クレイグ」と「ベイジル・ヘイデン」です。
エライジャ・クレイグは3000円のわりには栓もよく、なかなかの品でした。お買い得の一品といえましょう。ただし、酒精は荒いです。
ベイジル・ヘイデンは酒精も上品な逸品です。かつてのスコッチの名品「グレンモランギ」を彷彿させる味わいでした。ちなみにGLENMORAGIEって、日本ではグレンモーレンジーとして売られていますが、海外ではその発音ではありません。旅行先では困るよ?



さあ、今日はこれでおしまい。あとはユーチューブで、「ピルグリム」から一曲引用して終わることにしましょう。


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適当言ってんじゃねえ

仙境異聞の話です。
これ、昔一度読んだのですが、その時もうさんくさいものを感じました。
今回再読しても、結果は同じでした。
結論を言ってしまえば、寅吉クンは見てきたようなウソを言うタイプでしょう。

例えば、女の国というものがあると。
そこへ行った事があるというわけです。まともな話としては、現代人の誰も信じないでしょう。ところが、江戸時代のひとは、なんとなく信じた。西鶴に女護島というのが出てきますが、そうした伝説が下敷きにあります。
だからといって、そこへ行ったと言ってしまうなら、鼻白むものがあります。

ここで、寅吉少年の出自を考えて見ましょう。
寅吉が行者の小姓をしていたことは間違いないでしょう。薬学や医療の知識は、今も民間に伝わるものが確認され、嘘はないと見做せます。
そうした使いっ走りが、師匠と旅に出て宿坊に泊まる。そこでは四方山話しに花が咲いたことでしょう。大人の話を隅っこでじっと聞いていた寅吉が、14、5の少年とは思えないほど博学の知識を蓄えていた事もむべなるかな。

ところで、ネットの話題では、仙境異聞を精神医学者が研究しているなんてことも小耳に挟みまして、実際私も統合失調症の症例と見ていますから、妥当で面白い研究だと思うのです。
寅吉クンは、師匠と連れ立って色々な外国見聞を広め、北極圏やインドやをへ巡ったというのですが、同じ頃、間宮林蔵がやっと樺太あたりまで行ったことを思えば、北極圏は言いすぎでしょう。寅吉は白夜のことを述べていますが、樺太では流石にそれはないだろうと思います。勿論、知識としては嘘でないのですけれども、そこへ行ったとなれば眉唾。その他の諸国話しを勘案しても、大法螺吹きとも思えます。
そのように、寅吉の性格自体に信用せざるところがあるのなら、根本から一蹴していい物語となります。
が、そうした行者見習いには有りがちな事ですが、もし寅吉が統合失調症であったなら、話は「待たれよ」となります。現代風に噛み砕けば、LSDやりながら旅行しているのと同じですから、異様な国も彼なりには見たでしょう。宿の四方山話しさえ、自分が行ったと錯覚することがあったかもしれません。なにより、寅吉自身が、そうした事は「夢とも思える」と述懐しているわけです。

あるいは寅吉クンは国学者たちの寵児でしたから、己を大きく見せたいという心理が働いて、適当言ったのかもしれません。今回読んだ限りでは、そうした節を感じました。
寅吉クンの肩は持ち切れないけれども、だからって捨て去っしまうのももったいない素材なのですね。
この奇談、この夏読んでみるのも面白いでしょう。私が持っているのは中央公論社の「日本の名著」シリーズなので、大きな図書館ならあるかもしれません。書名は「平田篤胤」です。もっとも古文調なので、決して読みやすくはありません。

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魂の復権

仙境異聞を改めて読んでいます。
「供物は何がいいのかね」
「そうさな。第一に水だろう。その他、海・川・山のもの。菓子とかさ、食える程のもんならなんだっていいんだよ。木の葉だって、志さえありゃあ、神に届くと聞くぜ」
越中屋寅吉が江戸の人だったと知って、あえて江戸弁にしました。対して平田篤胤は出羽の人ですが、文語で書いているので、ここは東北弁に直すこともありますまい。

以前、「高まるぅー」というセリフを吐く女子が登場するテレビ・ドラマを見たことがありますが、こういうのを読むと高まります。
スサノオ・テレビとか、座礁しているプロジェクトを抱えている私ですが、必要なのはやる気。
なんだか全体として、雰囲気出てきました。折角、津島神社にほどちかい尾張西部に引っ越したんだし。

早速、去年買った津島神社の六角柱守りに水を供えました。いろいろ作法があるようなのですが、とりあえず土器ということなので、いつも使っている亀山社中の煮物椀で水を供えました。
私は信心が足りないところがあって、そうしたことには無関心でした。

最近、自らが書いていることをつらつら考察しますと、初期的なテレパシーとか、つまり信じる力なんですね。それならどうして信仰心を持たなくていいことがあるだろうか。「信じる力」を拡張すべきではないのか。
デリダが晩年に主張していたのが「祈り」だったということが思い出されます。宗教など持たなくていいけど、祈る姿はともかく美しいではないか、だから祈れというのです。
ホロコーストの生き残りがAIで対話するプロジェクトのことが最近報道されますが、彼らは宗教臭いことはいわないのね。ただ、隣人のために役立てば、そこから平和が生まれるのだと、根幹的な発言をするのです。

私はどうしても宗教など信じる気になれません。他人の教義を信じるくらいなら、自分でオリジナルを作るぜというタイプです。
とはいえ、霊はあるかと問われるなら、低級霊くらいは経験したかもねというのが答えです。ですが、それをもって、神などという作り物をこしらえるのは、無理があります。

まずもって、霊といものがあるなら、低級霊が大半でしょう。それは童子の形で現れます。そうしたことを体験した方なら思い当たる節もあろうかと思うのですが、彼はこどもの人格ですよね。
日本のモノノケ伝説でも童子の形で現れることが多いのは、ただ単に「そういうもの」だからだと考えます。だから、逆に高級霊?というものの存在を仮定することができない。

もしね、スーパーナチュラル的存在が、童子レベルの人格だったら、それを祀って宗教などやる気になれましょうか。
ばかばかしい。くだらない新興宗教のひとつになる程度です。
ある程度の霊体験がある私ですが、信仰心など持たなかったのは、主にそういう理由です。

でも、最近、復古したいなあと、これは仙境異聞のブームのせいでもありましょうが、思います。自分の総体的な動きが、そうなって来ちまってるわけです。
まあ、これも三日坊主の思いつきのひとつでしょうが。
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アカシャグマとアカシャエビ

平田篤胤の読本は、出てきました。
仙境異聞のマンガ化を思案しているのですが、設定は寅吉少年が現代に紛れ込むというものになります。
寅吉が外国をへめぐったが、夢のことのような気もすると語ったことに接続するわけです。おそらく幻覚混じりの旅だったでしょう。その異境のひとつに現代日本があったなら、と。

その装置として、数日来考えていたのがアカシャグマです。これは四国地方のモノノケで、名前からしても、赤い毛玉に似た外見でしょう。
その妖怪を依り代として寅吉が降臨するわけです。

そんな妖怪はいるのか、といって私はいると答えます。昔ネットで、真っ黒クロスケという名前を付けた者と同居しているという一連の記事を見たことがありました。それは黒いボールのようなフワフワしたものだったということです。
そうしたことは、誰でもが認めるべき事実としてあるものでもないでしょう。見える人には見えるというだけのこと。
四国のモノノケであるアカシャグマも、見られたものとして外見が伝わっているのでしょう。そして、モノノケは現代にだって存在しているわけです。

こうした力は、伝染します。
昔の事ですが、家で人型を見たことがありました。私はあまり意味のない現象として受け止めていたのですが、そんな折に母がやって来て、
「家にヒトがいるような気がする」
と言ったのです。言い換えれば、お前は感じるかという質問でもあるわけです。
「いや、そんなのいないよ」
心配させたくなかったので、即座に嘘をつきました。
あの時から、リンクが始まったのでした。

昨日、実家に帰ると、冷蔵庫にアカシャエビがありました。
前述したように、アカシャグマについて考え、アカシャとはどういう意味なのだろうかと疑問を持ったのです。ついでにアカシャエビも連想しました
。ついでに、
(まさかバアさんアカシャエビ買ってたりしてな)
などとも思いました。私の思う事が読めるようなリンクをして、これまで何度も品物を取り揃えてきた経緯がありましたから。
「冷蔵庫にアカシャエビがあるが」
「はあ、アカシャエビ?」
当人はボケてしまっているので、その存在さえ忘れていたのでした。
塩茹でにしていただきました。

どういう理屈で、こうしたリンクが起きるのか、ずっと考え続けています。けれども、これは「死ぬまでわからなくてもいいこと」のひとつとも思います。妙に分かってしまうほうが危ないかも。

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クマのプーさんの歌

だと思うのですが、ケビン・ローレンスさんのバージョンで初めて知りました。元歌はケニー・ロギンス。プーさんのとこに帰りなよというタイトルです。
ケビンさんは、今日突然、大好きなミュージシャンになりました。こんな人がいるから世界は嬉しい。



これはエルトゥン・ジョンのヨー・ソングです。
Nさんにこそ、贈りたいかな。英語がわかる人には必殺のラブ・ソングです。
作詞はバーニー・トゥイピン。エルトゥンとタッグを組んで一時代をなした作詞家ですね。



パレードが行くよ。


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サンダー・ロード



これは、ヘイワード・ウィリアムさんの「サンダー・ロード」です。言うまでもなく、元歌はブルース・スプリングスティーン。
下で取り上げたケビンさんは、何かオリジナル曲をアップしていないのだろうかと探していたところ、行き当たりました。
あの頃のスプリングスティーンのカッコよさったらないですね。でも、ヘイワードさんも、負けない存在感を出しています。

ところで、サンダー・ロード、私はどうしてもローリング・サンダーを連想してしまいます。
アメ公ってのは、どうしてもサンダーが好きなんですね。
まあ、日本なら、竜巻がいいかな。
どちらにせよ、龍が天に昇るように見える気象現象です。なので、龍が架空のものという感覚は、自分では外しました。あるじゃないか、といったところです。

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セキュリティ・ソフトの退治に成功

キャノンESETスマート・セキュリティの削除については、散々書いてきたが、それだけアンインストールが難しかったということでもある。
最初はウィンドウズの仕様かと思っていたのだが、無意味にしつこいので、セキュリティ・ソフト自体の仕様ではないかと疑うようになった。セキュリティ・ソフトだから最高度の権限があるわけで、やろうと思えばなんだってできるだろう。
平和的な関係解消を望んだが、もう、キャノンは嫌だな。今後は、カメラもプリンターも、キャノンは選ばないことにする。
えっ? コンパクト・カメラならフジを使ってきたよ。なぜだかキャノンは選からもれるんだな。
それにしても、酷い体験だった。ソフトひとつがアンインストールできないなんて。
今はムダなカバーがないので、PCの起動も速いよ。


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軽い話

「重い話はさ、いらないんだよねー」
という同僚が、かつていた。
そんな時代かなと、私も考えたものだった。

ところが、そいつの母親が死にそうになったときに、やつはジタバタ騒いだ。
勤務中に、「もう帰らせてくれよー」などという。
(そんな重い話、知らねえしな)
と私は鼻で笑ったものだった。
そんな時には代わりに入るはずの上司も冷たいものだった。
「じゃあ、19時に行くから」
一刻も早く帰りたがっている奴には冷酷な仕打ちだった。
そういう人物の常なのだが、奴はぐちるだけぐちっていた。
勿論そんなことも、私は笑って見ていた。
(おれってさー、重い話って、好きじゃないのよね)

軽いのがいいっていうなら、そこんとこ徹底して欲しかったかな。
悪い意味で軽い人なんて、誰も同情したりなんかしないよね。
唐突ですが、そんなことを思った今日でした。

ここんとこ火星が明るいんだよね。
(なんでかなー)
と思っていたのだが、15年ぶりの大接近だという。
案外、ここのところの異常気象もコイツのせいだったりしてね。
誰も予言していなかったのだろうか?

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