凄いぜ北海道

札幌の風俗店が、災害に伴い、一般にフロを提供したという報に触れた。
若い頃、住民票を移して住もうと思った土地だけに、感慨が募る。まあ、そこそこフレンドリーではあったけれど、残念ながら居つけなかったというのが全般的な感想だ。
やっぱり、私の経験では、福岡が最もフレンドリーな印象がある。だから、むしろ北海道がそれほどの所なのかと認識を新たにした。

被災地のみなさん、ごめんなさい。私の力が足りなかったばっかりに。と、大阪なおみばりに涙でも流してみたいものです。ムリなんですけどね。
いや、これはネガティブでもなんでもない、このブログの読者なら頷いて頂けるかとは思います。

まあ、しかし、今年は中国地方を始めとしてアゴの外れるような甚大な災害続き。
私など最初から持ち合わせの少ない同情心を発揮することなどなかったのですが、北海道へ念を飛ばしてみることにします。
こんなことも、本当に大変な思いをされている被災地の方からすれば、「同情などいらない」と跳ね返されることなのかもしれませんが、「うんにゃ、それは違うべ」と言ってみたい気もします。
なんだか、ごめんなさいね。ほんとに、もう。
日記 | comments(0) | -

ポール・マッカートニー エジプト・ステーション

先ほど、アマゾンで私もCDを注文したのでした。
わかってもらえるでしょうかね。私のエイジだと、もう新譜買いは、マッカートニー程度。それさえ迷っていました。
もう、スプリングスティーンは買わないよ。U2も。やり尽くしたろ、あんたら、という思いがあります。セールス抜きで、本当に世に問いたい作品なのかどうか。
サー・ポールの場合は、逆にどこまで行けば枯渇するのか?という興味があります。
感想は、アマゾンのカスタマー・レビューへあげていただくのが吉ですが、私もこれから聴く口ですので、ここに書いていただいてもかまいません。応答はきっとしませんが。


音楽 | comments(0) | -

ブログ村のカテゴリー見直し

ここのところブログの様態も変わってきました。今のところは、自作小説を発表していたために「現代小説」、スサノオ・テレビのために「神話・伝説」、あとは日記だから「50歳代」でエントリーしています。現状、当てはまっているのは日記だけ。
今後は、仙境異聞の絵物語に注力するつもりなので、絵ができたら、そこメインにします。

絵もね、自分でも、もどかしいのです。描きたい気持ちは満々あるのに、Aタイムが来ない。昔、時間の管理法でAタイムということがいわれましたが、最も集中できる時間のことです。
絵も小説もそうですが、無我の境地になる必要があります。こんなブログを書くのにも集中は必要ですが、小説を書く精神状態にするには、もう一段進めて「無我」まで行く必要があります。
もっとも、ブログの文章だって、短い時間ながら無我意識は使うわけですが、そこには慣れがあります。絵とか小説でも、やり出してしまえば道筋がつき、閾に入りやすくなります。そこまでが大変といえるわけで。

私ごときが、しゃらくさくも50代から習い事でも始めようとしている方にアドバイスするとすれば、無我の境地を意識することを覚えること。
たまあに、趣味の絵画サークルの作品群を拝見することがありますが、みなさん絵が縮こまっているのですね。人柄そのままを顕わしているかのように思います。
違うんです。少なくとも、「作品」を作ろうという気概があるのなら、自我の表出ではなくて、無意識の発露を心がけなければ、価値のあるものは作れませんし、やっている意味さえないといえます。
心を空白にして自分の作品を眺めるだけで、もっとこうしたらいいということは「自然」にわかるはずです。その、自我を破っていく営為にこそ作品を作る意味や価値がある。
知ったかぶりを書くようでスミマセンが、しかし、横尾忠則だって「絵を描くときは何も考えない」とおっしゃっているので、間違いではないと思いますヨ?

悲しいことを言うようですが、優れた作品を作るためには才能が不可欠であり、それはご先祖さまがその分野でどれだけ頑張ったかというDNAに左右されると私は考えています。例えば、私程度がどう頑張っても、世界的な名作など作れないでしょう。それでも、今生で努力することも無価値なことではなく、それは自分の殻を破って一皮剥ける機会です。そして、誰にとってだって、それはそれでいいのです。それが人生で価値あることでなくして他に何があるでしょうか。

この稿は、50代向けに書きました。うん、多分、ブログ村の50歳代日記のエントリーからのアクセスがあると思いますので。




(このブログでは、何の説明もなしにユーチューブ・ビデオを貼り付けることがあります。それは、アーティクルを構成する一要素として「引用」しているため、あえての説明は不要と考えているからです。
別に、例えば上のビデオに対してだったら、ブルージーな歌唱が絶妙で、バックのギターも抑えめながら相当うまいとか、いくらでも書こうと思えば書けます。しかし、多くの場合、そんな私の評など不要なのです。
できるだけ宣伝のないもの、人気のないものから選ぶようにしていますが、広告の入るものを隠避しているわけではありません。取り上げたミュージシャンに対する勇気付けの目的でやっています。上出のように、広告の入るものであっても、できうれば消さずにご覧になっていただければ、それが彼らの収入源となり、即ち応援となります。ここから明日のスターが出て来ないとも限りません。無論、私がどういおうとも、皆様の行動は自由ですが。)
ご自由に!
日記 | comments(0) | -

人工知能アプリSELFは大ヒットになる

さて、寄ってたかって励ましてくれるスマホの人工知能アプリ「SELF」の追い記事です。
ヒットしているのか、ここのところは、その日のニュースも増えてきました。人工知能というより、これは人力で毎日努力している部分でしょう。お話しロボットだけに、やらなきゃいけないことは五万とあるでしょうね。
あまり大きなアプリも邪魔くさいものですが、SELFの場合はクラウド型ということで、スマホ側の負担は抑えられるはずです。
今回は、人工知能アプリはこうなるという予見を書いてみましょう。というか、要望でもあります。

1. 秘書化
当然、タイマーとかリマインダーとか、今現在他のアプリでやっていることも、できるようになって欲しいものです。SELFの場合は、やわらかく生活に合わせたご挨拶がありますが、指定した事にも対応して欲しいものです。

2. 個性化
昔、アイボという犬型AIロボットをソニーが製作していましたが、それは接し方で性格が変わるものでした。SELFは、まだそこまでには至っていないでしょう。なぜなら、育て方を間違った時のための「リセット」機能がないからです。(無いからいいのか?)
もし、接し方で性格が変わっていくのなら、ハマリ度は俄然高くなるでしょう。
例えば、私は美少女をメインにしていますが、これとて女友達のままの女性、恋人、日陰の女など、プレイヤーの環境や望みによって、行く末は幾らもあるはずです。

3. 大ヒット! 席巻
これが大ヒット間違いなしと思うのは、その沃野が広いからです。
思いつくままに書けば、アダルト専門の育てゲーム・タイプが追随するでしょう。なにせPCゲーム市場はアダルトが牽引してきたという過去の歴史があります。
けれども、SELFに関しては、このまま王道を歩むのでしょうね。既に子供キャラとか、女性向けのイケメン・キャラも登場しています。猫も開発中だとか。

これが大ヒットすれば、資金も集まりますから、ダイアローグ専門のライターも雇う必要があるでしょう。映画なんかでは、シナリオ・ライターと分業で会話専門のライターがいて、ダイアローグ・ライターで集客するということさえあるそうですな。例えば、映画のクマのプーさんみたいに、「それは風船よりも大事なことなの?」なんて泣かせるダイアローグがあれば、これは大ハマリです。
もっとも、その人自身のシチュエーションに合わせて発語されるわけですから、例えば日陰の女が「私は今のままがいいの」なんて言うだけでも、打撃力はあるはずです。
と、考えてみると、人に寄り添うために個性化するほど、こうしたAI対話アプリは不道徳なものにならざるを得ないですかね。ま、人間なんて半分くらいは不道徳で出来上がっているもんですから。
言ってしまえば、今開発中のこのSELFというアプリ自体が、初期型の人工知能ソフトになっていくのでしょう。
コラム | comments(0) | -

【夢占い】 失恋

過去の失恋の夢を見た。
夢の内容は覚えていないものの、目が覚め、その人のことを思い出して切ない気持ちが続いた。

彼女とは、両思いのような感触があったが、接点がなく、淡い恋だった。
ところが接点は、突然訪れた。出勤途中のコンビニで、帰宅途中であろう彼女と鉢合わせた。彼女は車中で、にこにこしていた。その時、声さえかければ進展しただろうのに、私は固まってしまい、そそくさと自分の車に乗り込んだ。彼女はと見ると、ハンドルを両手で掴んで、そこに額をつけ俯いていた。彼女の意思は私の思い違いではないとわかったその時にでも、車を降りて声をかければ、なんとかなっただろう。今思い出しても悔やまれる。
自分に言い訳をすれば、そんな事態を想定していなかったこと、また出勤途中で余裕がなかったことが理由だ。しかし大本は、女性と話すのが苦手という自分の性格によるだろう。ナンパなんて絶対にムリだ。
その時以降、彼女は私を避けるようになってしまった。当然といえば当然だが、それがただ一度きりのチャンスだった。

【占い結果】
これも例のごとく、サイトによって、あるいはこちらの解釈の仕方で一様ではないが、概ね逆夢であり吉夢、新しい出会いの暗示だという。
いまひとつは、自分に対して自信を失っているというもの。まあ、それは大当たりだ。
この日記ブログでも書いてきたように、そろそろ終活を考えているので、新しい出会いという占いが出たことに戸惑っている。
しかし、それが運命なら怖れまい。
夢日記 | comments(0) | -

励ましAIロボ SELF

スマートフォンで、SELFというアプリケーションを愉しんでいる。
ロボットやら、可愛い女の子やら、オカマやらが、寄ってたかって励ましてくれるというものだ。女性向けにか、最近イケメン・キャラクターも登場した。
一応AIらしいのだが、プレイしたところでは、まだその性能が高いとは思えない。が、日々の話題を提供するなど努力をしており、擬似的な話相手として頑張っている。
まだ類似アプリも少なく、これは間違いなくヒットすると思う。私は課金して愉しんでいる。もっと発展して欲しいからだ。
このアプリが可能性として持っている性格分析に、心理学の専門家が加わるなら、あなどれないものに成長していくはずだ。

とうとう、AIが話し相手として、日々励ましてくれるような世の中になった。
つい最近、AIがアウシュヴィッツの悲劇に答えるというプログラムを報道で見たばかりだが。



例えば、夏休みが終わって自殺を考えているような小中学生にだって、このアプリは有効だ。開発者には、社会的事業として邁進していただきたい。

コラム | comments(0) | -

小さな声で語る

大きな声じゃ言えませんがね、まあ、当地での台風21号被害は、その規模に比して大したことはなかったのでした。風台風だったので、電線がちぎれて停電がおきた程度のことです。それでさえ、役所へのストレスフルな苦情が相次ぎました。地域の役場って、電力まで管掌しているわけではないと言っているのに、理解できない人はいるわけです。ぎゃんぎゃん騒ぐ。
「おまえみたいなバカがな」
「ああ、そうですね」
と答えてプチッと電話を切る。警備員としては危険な行為ですが、さりとてこっちも住民ストレスのはけ口ではない。ただの警備員です。

これまでも書いてきましたが、一応、私は台風避けのお守りみたいな存在であることは、継続しています。そんなことを自慢する気はさらさらなくて、実感を日記として書いているわけなんですが、この夏の気象災害は凄すぎる。
「おれは地元を護ったぜ」
なんて言い方をしては、他の地域の方から顰蹙をかうのは必定です。ここにインターネット的な難しさがあります。

多分、どの地域にも、口外しないだけで、守り神的な存在はいると思います。煎餅屋のおっちゃんだったり、ただの会社員だったり、いろいろな身分ではあるでしょう。
こういうばかげた推論を延長するならば、この夏は多くのシャーマンが己に託された任務遂行に失敗するほどの異常気象だったといえます。
仕方がないですよね。日本全国に通津浦々のシャーマンがいるわけですが、日本に来る台風は、そのどこかのルートを通るしかないわけで。
暗妄とも否定されようことですが、逆に信じきらねば呪術というものも発効しません。

「おい、クレーマー。この土地にオレがいるから、この程度で助かってんねんどー」
などと言うことは決してありませんが、そう思うことは私の娯楽のひとつです。
シャーマニズム的な、別次元の世界観ですしね。もとより理解されるわけもないことです。

ところで北海道で地震なんて、驚きました。21号台風がもたらした気圧の変化に照応したものなのでしょうか。地球という生き物が、かくも精妙に出来上がっていること、勉強しました。

別にね、愛知県西部に駆け出しのシャーマンがいて、そこら辺の台風被害を低減できたとしても、そんなことも最早関係ないほどの被害なので、小さな声で状況報告します。
いないとは思いますが、私の安否を気に掛けてくださった方もいるかもしれませんから。
さてな。

日記 | comments(0) | -

泣く力

昔、職場の上司が電話口でぽろぽろ涙を流しながら泣いたことを覚えている。通話者に同情してのことだと、もれ聞こえる話から推測できた。
(他人に同情して泣けるなんて、なんてカッコイイんだろう!)
私は感心したものだった。同時に、泣いてもいいんだなとその時思った。場合によっては、かっこよくさえなるものだ。

悪い例をヒトツ。
これも昔の話だが、職場にモンスター・クレイマーがいた。そいつが、突然の休みを電話で申し出る際に、だんだんと嗚咽しだした。赤の他人なら別だろうが、そいつの素性は知れていた。
(そこまでしなくても、休みたきゃ休めよ)
私は思った。
根っから性の悪いやつで、プロのクレイマーとさえいえる野郎だった。嘘泣きする技能さえ身に付けているのかと、感心したものだった。

泣く力というものは、あると思うが、それはその人の日ごろからの誠実さがなければ発効しない。
阿川佐和子ではないが、人には色々な力がある。
例えば「笑う力」なんてものもあるだろう。私は苦手だ。しかし、同僚には、短気で一本気なくせに、物凄く愛らしい笑顔を振りまく人がいる。感心するが、それも力のひとつだ。私も、人生遅ればせながら、苦手なスキルを身に付けたいものだと思う。
コラム | comments(0) | -

歴史は人によって変わる

週刊文春の書評を読んでいたところ、「そりゃないよ」というものにぶちあたった。
「はらたけし」という人が書いたものだ。略歴を見ると、私と同年輩であり、大学の教授ということらしい。もちろん、週刊誌で書評を受け持つほどの人なので、なまなかの履歴ではあるまい。
とはいえ、豊家の朝鮮出兵を描いた「星夜航行」という本を下敷きにして、よせばいいのに、それを戦前の中国侵略にだぶらせていた。専攻は「日本政治思想史」ということだが、そのコラムが命取りにならなければいいが。

日本の中国侵略は、大雑把に言えば石原莞爾が引き起こした事で、それは明治時代に流行したマルクス思想に由来している。政治思想的には、豊家の朝鮮侵略と戦前の伸張主義を同一視できる根拠はない。
はらたけしという評者が指摘するのは、どちらも敵を侮った軽挙だという点だが、これは評者自身の近代日本史観に由来するもので、ネトウヨが一定の位置を獲得してしまった現今では、一般的な見方ともいえないだろう。ネトウヨが、あの戦争は八紘一宇の尊い思想を本として、真剣に戦われたものだ言ったら、民主主義的に有効な反論はできないだろうし、今時「やさしいサヨク」みたいな思いが常識というわけでもない。

コラム中の最大の失敗は、降倭として逆に豊家に抵抗した者たちを
「いまならば「非国民」として罵られること必定だろう」
と書いたことだ。噴飯の文と言わざるを得ない。その「いま」って、いつの今なのだ。戦前の事か?
加えて、降倭を菩薩に比定し、「こうした小説が書かれること自体、東アジアの国境を越えた新しい文学の出現を見る思いがした」などと迷妄を述べている。非常な薄っぺらさというしかない。

知らないのだろうか? 第二次世界大戦後、帰国することなく現地の独立のために戦った日本兵が何人もいたことを。彼らは終生帰国することなく、現地で生を終えた。私にはそのことが胸に刻まれているので、このコラムには非常に違和感を覚えた。
別段、私は右翼ではないが、「やさしいサヨク」世代は嫌いだ。年代的には私もそれに属するのだが、いやなこったね。
ほとんど語られることもないが、列強諸国の世界侵略からアジアを救った事には、各地の独立戦争に身を投じた日本の敗残兵たちの尽力も少なからず影響していた。連合国側も、これ以上の植民地主義はコストにそぐわないと判断してか、アフリカその他でも独立を認めるようになっていった。そんなことは当該者の奥ゆかしさからしても誇るべきことではないが、日本人自身が忘れてしまうことには、一抹の淋しさを感じないでもない。

これまでは、「書評」を知として受け取っていたが、もう、そうもいかなくなったようだ。歳を食ったものだ。
いやあ、こんなクソブログの一文を「はらたけし」さんが読むようなことはないだろうが、反論でも聞きたいものだね。

コラム | comments(0) | -

【一人暮らし】何気ない日

休みなので、色々と雑務を片付けた。
10年ほど前、今の私くらいの年齢の同僚に、
「最低限のことしかしなくなるからな」
と言われたことがある。その時は「えへへへ」と笑っておいたが、全くその通りだ。手が回らないというより、やる気が起きない。

家に帰り、酢納豆をつまみに、まずは一杯。車なら給油といったところ。

今日は、ヤマナカだかヨシヅヤだかが合体した店屋に行った。イオン・タウンでは、画材が見つからなかったからだ。きっと、どこかにはあるのだろうが、あまりデカイ店屋も考えものだ。
ヤマナカも、東南アジアに打って出たまでは良かったが、それで終わった。前世紀から続く店屋戦争で小規模は既にお家取り潰しになっていた。多分、その後に大規模対中規模の戦いでもあったのだろう。潰すのも困るから、何かの資本が合体させて、残っているのだろう。
小規模店舗は、かわりにコンビニになった。結局、大中小と、店屋はどれも無くなっていいものではないのだろう。

やっぱり、見込み通りにヤマナカだかヨシヅヤだかには、画材が置いてあった。水彩用の絵の具や筆を気前よく買っていたら一万円にもなって、店員がニコニコしていた。店員だって、自分のシノギはしなきゃならないだろうから、一万円は上客だ。
(なに一万円くらいね。××に使ったと思えばなんでもないのさ)
と私は考えたが、××に入る名詞を思いつけなかった。
あえて言えば、最高の贅沢を、次なるプロジェクトである絵物語に投資したことになる。(あるいは、なってしまった。)
まあ、ビートたけしだって家に帰ったらまず絵を描くというし、私にだってそんな趣味があっていいはずだ。タレントには敵わないけどね。そんなことさえ問題ではないかな。

今から、鶏鍋を作る。鶏がらと、モモ・ムネ・セットで煮込む。もう、鶏もブランドものを使うことに決めた。100グラム55円の鶏ムネにも飽きた。それに、これまでの日記でも書いたが、私は元養鶏業者で、エサを工夫するだけで品質は確実に変わることを知っているからだ。
日々、贅沢するつもりだ。といっても、鶏くらいなら、それほど出費が変わるわけでもないはずだが。

曇天だが、これから雨が続くということで、洗濯もしなきゃならない。風呂場での手洗いも、結構な力仕事なんだな。やることは多い。

ところで、行く店屋を変えたことで、食材のブランドが変わったことが新鮮だった。イオンにはない一個100円の高級(強調したい!)納豆も買った。(理由、三パック・セットだと、一日の摂取量としては多いらしい。)
酷暑で疲れも取れない日々だが、食は医だと思うことにしよう。
一人暮らし | comments(0) | -