人の価値は棺おけに入るまでわからん

お婆の昔語りシリーズですね。はい。
このコーナーは、人の知らない地元の諺がいくつもあるぜぃと意気込んで始めたものですが、改めて調べてみると、実はほとんどが一般的なものだったので、やる気減退していました。もう、これで最後にしようと思います。

タイトルは、くだらないきょだい喧嘩をした時に母が放った言葉です。これも調べれば、元ネタもわかるのかも知れませんがね。
「あーあ、もっといいきょうだいが欲しかったな」
と私が言った時に、
「人の価値は棺おけに入るまでわからん」
と厳しい表情で母が言ったのでした。決め台詞としては、とても説得力のあるコトバでした。
若い頃のことで、どうしたって、そんな長いスパンでものを見ることはできません。けれども、それ以降の人生には大変役に立つ教えになりました。
それは天に配偶された近親は元より、自分の選んだ職場のダメ男にも、敷衍される考えになったのです。
どんなグループだって、ダメの役を演じる人物がいます。たとえばエリートの精鋭グループだって、有能な人ばかり集まれば、ダメを演じなければならない人が出てくるわけです。
かつての職場で、ダメダメな奴がいて、本人もそれをもって任じていたのですが、上司だった私は、「人の価値は・・・」という諺とともに見守っていました。たとえダメと思われるような人間でも、人に優しいとか、傍目からはわからないような価値を持っているものと信じました。
まあ、そんな風に接したせいか、私は彼には大物視され、職場を去るときににも、心からの礼をされたものでした。

今では、落ちふれた私人身が世間のクズ感を持っているのですが、この諺は自分にも言えると思います。
「わからんて。死ぬまでは、自分を決めつけるなよ」
てな具合で。
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むせ返るような初夏だ

こんな日にはカレーを作っているよ。
いやさ、ガラムマサラやらターメリックやら、カレー用のスパイスが中途半端に切れてしまったんで、慌てている。わかる? この味付け途中でスパイスが切れた残念さ。最後の手としては、ミソ味仕立てにでもするかな。

夏のカレーは難しくない。スープ・カレーを目指す。元々、一人暮らしには、小麦粉を炒めるルーは似つかわしくない。再々の温めで、こげる可能性が高いからだ。
スパイスは、とにかくターメリックを入れれば黄色くなるし、味はガラムマサラ。コリアンダーなんかも爽やかでいい。他にも、あればクローブ(甘い)やチョウジ(万能)も使う。
肉はお馴染み鶏肉のムネだ。今日はブラック・ペッパーとクレイジー・ソルトで下味をつけ、フィッシュ・ロースターで焼いて、カレーの土鍋に投入。

あなたが一人暮らしなら、ここまでで食生活のヒントになることは多いはずだ。
今時、お一人様が増えていると聞くが、外食なんて中々うまくもないでしょう?
男だろうと女だろうと、料理くらいできないと、大損するよ。さて、その見極めは、鼻が利くかどうか。臭覚に自身があるなら、必ず料理上手になれるが、そうでなければ、お勧めはしないね。外食かコンビニに頼るのが無難。

ところで、こうした一人暮らし用のコラムも日記カテゴリーで書いてきましたが、お一人様が多くなっている現実を鑑み、独立させることします。その方が探しやすいでしょう。よろしくね。

"The Power of Love" Huey Lewis & the News



ヒューイー・ルイス・アンド・ザ・ニュースの「パワー・オブ・ラブ」は、確かビールのコマーシャルでイントロだけ使われているね。
引用したのはカヴァー・バージョンだけど、あまたあるカヴァーの中から、ボーカルがパワフルなものを選びました。だって、それがヒューイー・ルイスだから。願わくば、暑気をぶっ飛ばしてくださいな。
それにしても、ビールのCMって、大きな声で叫ぶだけのものが多いけど、これもメーカーの必死さの表れなんでしょう。消費者には全然届かない独り相撲なんだけれども。

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なに?オクラ水に浸せってか

テレビを見ていて、オクラの調理法を知った。
要はミジン切りにして、水に浸せば、ネバネバが増すということだった。
早速やってみた。
こうした健康常識は日進月歩なので、私は基本的に信じない。まあ、情報社会の話題に乗ってみたに過ぎない行動だ。

でね、オクラには、コンドロイチンという成分が含まれているという。
これって、私が神経障害性疼痛のために飲んだQPコーワ・コンドロイザーの成分だろうか? と、フト思った。
面倒なので、あまり突き詰めたくはないな。
ふふっ。

なんだか、テレビではオクラが旬のように言われていたが、東海地方では、9月からだと思うけどね、元百姓としては。
テレビの情報番組って、ほんとに旬について知っているのだろうか。いくつも見るうちに、ふと疑問に感じた。いくら日本列島が南北に長いといっても、オクラの旬なんて生物として晩夏以降だろうと思うわけで。
まあ、東北とか北海道では旬なのかも知れないけれどね。

けどまあ、西日本は大変なことになっていて、旬もくそもねえわな。
テレビはどうしてもタイム・ラグがあるから、今更ですが、本当にご苦労さんなこってすな。

で、鶏肉とオクラのお浸し、今、いただいてます。ごっつぁん。
相撲は、ボロボロですな。日本の弱さを象徴しているようにも見えます。
かといって、立ち上がれ日本とも言いたくはないな。今の政府には、なんの希望もないから。ここから立ち上がるわけもないぜ。

オウム真理教はバカだったけれども、ならばその急進性を否定できるうよな世の中に、今なっているのだろうか? 疑問に思う。
決して、あのような狂気集団の再来を望むものではないが、政治という手法がダメなら、他の方途を考えるものたちが、既にいるはずだろうとは思うね。





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この頃のこと


西日本を主として、甚大災害が起きました。予兆はありましたが、これ程のことになるとは思ってもみず、軽率な内容のコラムを書いてしまったことは悔やまれます。
大雨かと思えば、今は記録的な猛暑。私もサバイバル・グッズを点検しなければ。
なんでも原因は、赤道付近の海面温度が上がりすぎているせいだとか。地球も、なにかしらの異常行動をしているのかしら?
人の世の動きと地球の感情が切り離されたものとは、われら思いますまい。

ところで、オウム真理教幹部の死刑執行が挙行されました。ひとつ、時代の区切りがついたようにも感じます。
追悼番組というと語弊がありますが、例えばテレビで土谷正美のドキュメンタリーを見たりすると、身につまされるものがあります。同じ時代を生きた者としてね。
若い人にはわからないだろうなんて言うつもりはありません。時代の閉塞感ということでは、今のほうがひどいでしょう。今は、組織ではなく、個人が暴発して犯罪を起こしている感じがします。
こうまで大本が捻じ曲がってしまっては、犯罪も起きましょうずら。
「それで、なんか悪かったのか?」
なんて犯罪者が出てきたとしても、さてね、困ったことに、なんとも言えませんね。この時代、アナーキーです。
この最中に政府が進めていることといったら、カジノです。なめてんのか、甚大災害の最中に。

個人的には、日本史に興味を持っています。世の中おかしいよなあ、なんて気持ちはさて置いて、老兵は己の生きていく道を考えるべき。
そんな小さな話題としては、このブログの人気記事トップ・テンで、「縄文海進について、人はあまり知らない」が地味に二番手になってきています。ちなみにトップは、クレジット・カードに関する記事なので、これは不動。ですが、アクセス・アップがこのブログの主たる目的でもないので、クレカのことなんか追い記事したくない。

結局のところは、日本文化に興味があるかなといったところです。
無論それは、例えば京都いいよねえ、といった皮相のことではなく、行き着く先は縄文なのですが、そこに至るまでの歴史が不明のままなんですね。少なくとも、アマテラスや月読とは違って、スサノオは実在の勢力がベースとなっているのですから、私はそこから攻めたい。
だからこそ「スサノオ・テレビ」プロジェクトを推進しているわけです。
えっ?
矢とか刀は全部折れちゃってますがね。
うーん。

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もう、いい加減セキュリティ・ソフトに金払うのはやめた

これまでは、キャノンのesetを使っていた。安く、速いという宣伝があったからだった。ノートンなんて、とうの昔にやめている。
こうしたセキュリティ・ソフト、実際どれほど役立っているのかは、利用者にはわからない。深刻なウィルスに遭ったことが、あまりないからだ。
ウィルスの脅威を過少評価するわけではないのだが、近頃では、ウィンドウズ・ディフェンダーが結構な性能になってきていると聞く。
まあ、いいじゃない、セキュリティ・ソフト会社に数千円も払うくいなら、ウィンドウズに払ってディフェンスしてもらったほうが、利便性は高い。別に、ウィンドウズ有料でいいよ。ユーザーが無料にしろなんてリクエストを出したことはなかったはずだ。

それにしても、ウィンドウズ10は、わからないOSだ。キャノンのセキュリティ・ソフトを削除したいのに、窓口がわからない。私はウィンドウズ・ディフェンダーを信頼し、セキュリティはそれ一本にしようと考えているのだが、それができない。
できることなら、ウィンドウズ7に戻りたいのだが、強制アップ・グレイドされたクチなので、そんなことは許されないだろう。これは確実に言えるが、老人層は新しいインターフェイスなんて求めていない。ついていく能力とか気力が、もうないからだ。
私はPCくらい自分で組んできた程度の知識はある。だから、全くの機械音痴さんは、どんなにかやるせないだろうにと思う。

今のウィンドウズ10って、初心者さんはなにもしなくてもいいのですよ。でも、ウチの会社の政策通りやってくださいね、に見える。
あるいは、こんなことも老人の繰り言で、半可通が一番タチ悪いんだよね、なんて意見をネットで見ることになるのかもしれない。それなら、それも楽しみにするよね。
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神経障害性疼痛一周年記念

神経障害性疼痛になって一年が経つ。これまで、この痛みについて色々考えてきた。わかったことは、これは局所の末端神経によるものではなく、脳の中枢神経系によるものだろうということだ。なぜなら、痛みが足や手に散るからである。

このブログの人気記事ベスト・テンを見てみたら、いきなり疼痛の記事が二位に入ったので、
(はて、これに悩む人は少なくないのか)
と思った次第で、もうひとつ考察を付け加えたい。

昔、30年も前に、ゾーン・セラピーの本を読んだことがあった。足裏と手の平をマッサージすることで、内臓やその他の不調を治そうというものだ。神経反射ともいうが、要は全身の神経は経絡でつながっているという考えが基礎となっている。
私の場合、肩こりに即効性が認められたので、こりが酷くなる時には今でもこれを使う。

ところで、はたと思いついたことがあった。なぜ足の裏と手の平なのか。もちろん、東洋医学では全身各所に経絡のツボはあるのだが、ゾーン・セラピーでは手足に全身のツボが集中するのである。
(手足が痛む神経障害性疼痛は、神経反射の経絡不調ではないのだろうか)
そう思って、手足のマッサージを最近している。弱っている患部のマッサージは、逆によくないのだが、この場合はそうではない。弱っているのは大本の脳神経であって、手足ではない。
結局、これもストレスが原因になっているということなので、なんと気にせず忘れてしまうことで治ったりするらしい。理屈は、ストレスで脳内モルフィネが出にくくなっているので、精神的に楽になることで改善されるということだ。
(なんだ。これなら治りそうだな)

思えば、40を過ぎてから、耳鳴りやらメニエールやら、神経性の病気に悩まされてきた。どれも原因不明の病気で、治療方法はない。けれども、数年で治ってしまったんだよね。
三半規管の耳石が取れる病にもなったが、これは原因がはっきりしているので、治しようはあった。耳石を三半規管から出すべく、気分が悪くなる側に体を回転させてやればいいのである。これは確かにそれで一時期よくなるのだが、しばらくするとまた発症するので、面倒になって処置しないようになった。おかしなことだが、それで完治した。

神経性の病を治すコツは、「気にしないこと」みたい。

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このブログの読者数は

どうも、アクセス記録を見るに、こんなブログでも読者数は一人か二人はあるようです。ありがたいことですね。
以前は、ブログ村に登録すれば、日に百アクセスもあったのですが、隔世の感があります。もう、ブログの時代ではないのかもね。
それは、金儲けオンリーのつまらないコンテンツばかりになったせいかもしれません。
一時期は、ブログまたはネットが「お小遣い稼ぎ」の場として認識されていましたね。今も、そういう風潮はあるのかもしれません。それはそれでいいのですが、衰退感も免れません。

そんな中で、私はアクセス増進なんて気張らずに、なんだか記事更新もしないのに訪れてくれる人を気にしたいと思います。
以前、数か月もの間、まったく更新していないのに、日々一アクセスがあったことがありまして、ちょっと感動しました。ロボットの巡回かなとも思いましたが、そうでもなさそうなんで。
古くからのファンは、大切にしないとね。ありがとうね。

関係ないが、屋敷でガマが鳴くんだな。
古い読者ならご存知のことと思いますが、両生類を招致したのはシュレーゲル・アオガエルが最初です。近所のどぶ川のフェンスにとまっていたのを見て、声をかけたのが始まりです。
「やぁ、どうしたんだい? そんなところで。ん?」
とまあ、ナイーブな声掛けをしたところ、シュレーゲルがジャンプして、私の頭に飛び乗ったのです。
(なんてこったい)
と思いつつ、私は近くの排水溝まで歩いて、そこでカエルに命じました。
(ここならいいだろう。この辺りで栄えれや)
面白いことに、そう念じた瞬間にカエルは私の頭から飛んだのです。
まあね、ドリトル先生物語の亜流とでも思ってください。どうしたところで、私はそうして生きてきたのです。
次が、ヤモリでした。長くなるので、この物語は省きましょう。
けれども、シュレーゲル・アオガエルもヤモリも、自分地で栄えたのでした。自分地というのは、500坪くらいの手入れもしない実家の屋敷のことです。

残念ながら、シュレーゲルは10年くらいは秋に楽しい声を聞かせてくれていたのですが、滅んだようです。屋敷内には、マムシやら、ヤマカガシやらも生息していますので、それも仕方のないことではあります。毒蛇だって、いたいならいていいわけで、そうした生息に関して恣意的な差別はしません。
で、今日は実家に帰っているのですが、ガマが鳴くんだな。
確かに、何日か前に、ガマガエルのことはこのブログで話題にしましたが、だからといって、招待したわけじゃない。第一、ガマには池が要るのではないか? というあちらさんの事情は知りません。ただ、出来事を書いているだけですから。
よくわかりません。個人的には、シュレーゲルが好きだったのですが、ガマが栄えたいのなら、それも道です。

道ね。タオイズム? うーん、老子は好きだけど。
ってところで、終わっときますか。
いいよね?





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この辺担当者

この辺担当の者でござる。この辺担当だから、日本全国のことは考えない。たとえどんな災害が起きていようとも、シラナイ。
まあ、そんな風にやってきたわけです。天候に影響を及ぼす者と自覚してからは。

実際、私は警備員なんですが、前の勤務地では10年間台風が来ませんでした。避けて通る。記録に残っているでしょうから、実証はできると思います。
こうした呪術には、オーダー(order)とウィッシュ(wish)というレベルがあります。
(警備員という職業柄、台風は面倒だな)
と思ったりするわけで、それはウィッシュの範疇です。
片や、夏の暑い日には、雨降れと命令したりするのです。恣意性に基づいてしか、やらないんです。日本の平和までは、まさかオレの役目じゃないよなと考えるから。

オーダーは、己の力の確認のために、稀にやります。(まだオレちからあるんかいな)といったところですね。旅行先で晴れを命じたり、夏暑ければ降雨させたりとかです。だから恣意的でいいんです。ヘタに日本(公共)のことを考えては、失敗するだけでしょうから。
ウィッシュも恣意的ではあるのですが、これは言い換えれば(だったらいいな)に過ぎない願いで、呪術性はあまりありません。小学生が作るてるてる坊主に近い。
とはいえ、ウィッシュでさえ効力は実証されているのです。こちら側にとっては、レベルの違う思いなのですが、そういうことは、あちら側にはあまり関係ないのかもしれません。

ダイレクトに言えば、ここらあたりの守り神的存在なのかなと、自覚せざるをえない。
で、まあ、尾張西部に引っ越したので、全国的な災害にもかかわらず、この辺はそうひどいことにはなっていません。
まあね、老人の自慢話にしか見えないでしょうが、オレはそれで構わないな。自分で自分が面白きゃ、それでいいのよ。
自覚はないけど、多分、南海トラフの地震も大丈夫な気がする。

そうしたこと以外にも、いろいろやってはみたのです。金と女とかね。でも、そういう願いは全くスカでした。それで己のちからの限定性を知るわけです。
(神でもあるまいし・・・)
ね。
おそらく、人の思いが天候に影響するのであれば、ニコラ・テスラの地球共鳴という考えがヒントになると考えています。それでなら、理解できる。逆に、万能性はなくなる。
天候操作なら、現在科学的に可能です。ところで人間にはそれほどの電磁力はないだろうという常識的な疑義も持つのですが、できるものは仕方がない。この身に起きた実際に沿って考えたほうがおもしろい。

ああ、まあ、筆といいうか、指が走り過ぎましたね。今日もブッ飛んだ。
とはいえ、くだらないことしか書いていないブログなので、気にすることもないかな。

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信長の野望 「創造」は名作だ

まあ、発表されて何年か経つし、新作も出ているPCゲームだが、これはある意味で完成している。ある意味というのは、私が過去に思い描いた(こんなだったらいいのにという)PCゲームの全てが入っているということ。もちろん、PCゲームのシミュレーション・ジャンルは、これからも進化し続けることだろうが、このあたりがボード・ゲームを軸としているコーエーの最終形態と思う。

ボード・ゲームというのは、例えば紙の板の上で駒を使ってプレイする大富豪とか戦争戦略系のことで、ターン制でプレイするもの。
よって、その特性を利用したチート・プレイもある。チーティングとは、敵の行為があからさまに見えないPCゲームで、ルール上ありえない速さで敵側が成長するなどの理不尽な現象をいう。
チートのないPCシミュレーション・ゲームとしては、シビライゼーションがあるが、どうやら本作「信長の野望 創造」もそのようだ。

最近では、オプション・シナリオである「武将集結」をプレイしているのだが、他の史実モードにはない仮想性があって楽しめる。史実モードだと、どうしても史実に基づいて進行するのだが、仮想モードでは、地形の特性そして武将を駒として使うような、よりボードゲームらしい自由な戦略ゲームとして堪能できる。なにより年齢が設定されていないので、既に生き物としての性質はないのだ。戦死さえしなければ、いつまでも生きる。
ボード・ゲームらしさというのは、隣国で動きがあったらすかさず対応する機敏性を楽しめるという点である。史実モードだと、当然ながら歴史の流れがわかっているので、そんな必要はあまりない。逆にこの「武将集結」は、史実無視のプレイが求められるのだ。

このシナリオをプレイして感じたのは、PC側の思考ルーチンだ。敵国を征服して内実を見ると、米が安く買える米問屋しか作っていない。富国のためには、もっと他にやることがあるはずなのにだ。そこで私も考えた。PCルーチンは、米を安く買って高く売るという戦略を使っているのではないか? 実際、米が1で買えるのに、同時に1.2で売れる現象にとまどったのだから。
(コレやったら、お金の苦労ないじゃん)
ボード・ゲーム的なルールを逆手に取った戦略なので、必ずしもチートとはいえないが、逆に考えればチートをしていない証左になる。単にチートしたいなら、なにもこんな面倒な操作は必要ないからだ。

また、このシナリオでは史上の全部武将が登場するので(年齢不問の設定だからね)、当然、ウンカのようなクズ武将に悩まされることになる。
ところが、邪魔だと思い完全委任地に掃き捨てると、なんとその国が思わぬ成長を遂げることを発見した。
(この現象はなんなのだ? まてよ、PCの思考ルーチンは・・・)
そう、おそらく、総国力は全武将のパラメーターの総和に関連するのではないのか、という推理を私はする。さすが、人情家ジブサワ・コウのゲームだ。このウェットなところが和風ハンバーグ的だ。うむ。

もう、このゲーム、あらゆるシナリオ、あらゆる大名でやりつくしたと思っていたのだが、そういう者が楽しめる玄人好みのシナリオがもうひとつあったとは。




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ふるさと納税

納税なんてことには注意を払ったことはなかった。
けれども、薄給になり、税金を払うために生きているような身分になると、納税も痛ましいことになった。ざけんなよ、ニッポンと言いたいよな。

「ああ、払っていただけるんで?」
と以前暮らしていた自治体で言われた。そのホクホクとした声が忘れられない。
払ったよ。住民税なんか、延滞すると高利貸しさながらの利子をつけられるから。
夜中に、庁舎の窓ガラスに石を投げこんでやりたいとまで思ったよ。(やらないけどね)

まじめに、薄給の者には、税金きつすぎる。
まあ、世界一般の常識的相場は二割で、それ以上になると暴動が起きるとも言われるのだが、日本って二割?
予言していいが、本当に暴動が起きるようになるだろう。
それが起きないと思っているような政治家、あるいはフツーの人々は、気をつけることだ。
この国でも、米騒動とか暴動が起きた歴史は過去にいっぱいあって、勘違いされているようなおとなしい国民性じゃない。
おそらく、急速に世相は変わっていくだろう。警備業が栄えるか。
今でさえ、わけのわからない犯罪が増えている。新幹線に殺人鬼が乗っていたり、元自衛官が市民を殺傷したり。こうした犯罪欲求に方向付けがなされたら、どうなるのか。

とまあ、ありもしない未来をちょっと考えてしまいましたが、本稿はふるさと納税。
これって、寄付だとか言われていて、私は見向きもしなかったのですが、ちゃんと地方税から差っぴかれるようなんですね。だったら、好きなところに納税して、贈り物をもらったほうが、断然気分がいいというもの。
研究します。
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