逃げろ!

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ま、お勤めなんて、嫌になりゃ辞めるさ。50代だろうがなんだろうがね。
ある意味では、それが最も賢明な方法ではある。
やりたくない事を続けて病気になるやら、自殺するやら、本当にそうなるからさ。

確かに、50代での再就職は厳しかった。
会社辞める時には、数百万円の資金があった方がいい。なぜならば、勤めを辞めた後の諸税が凄いから。私なんか無収入なのに、今年の総額80万円程度の税金を請求されている。正直いって、これは予想外だった。ニッポンはヒドイくにあるネ。
また、半年ほど就職面接に通ったが、鼻で笑われるようなことも多くあった。老兵かもしれないが、人手は足りないはずだし、よく理解できない。

そんな自分でも拾ってくれたところがあったのだが、最初から無理難題の勤務シフトを突きつけてくる。が、これは試練と思って耐えるしかない。

ブラック企業とか、過労死とか、そういう報道を見るけれども、常識的に見れば、辞めなかった本人の判断ミスとも思える。
精神がねじ曲がってしまうなら、体がもたないなら、害悪しかもたらさないその職場は自己判断で去るべきだろう。違うだろうか。
その上で、本当に己が世界に必要とされていないと思うなら、自分を仕舞ったらいい。

もっとも、うまい就職口なんて、近頃ないけどね。私だって、どうなるか知れたことではないのだが・・・。
それを他人事のように楽しんでいる。イケナイあほうさ。キリーロフ!君は最高だ。



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今夜、月が美しいよ

漢詩では、皓歯のような月という表現がありますが、今夜はそれを過ぎて純白です。流石にスーパームーンだけあります。
月輪は、内側から青、緑、赤と並んでいます。日によって違いますけれども、もっとも、これは、見える人は少ないでしょう。
ゴッホとか宮沢賢治とか、私が知る限り月輪を問題にしていたのはこの二人だけです。

今年もアホウどもがハロウィーンだとか騒いでいたね。自分に根のない文化で遊んじゃいけませんぜ。私はクリスマスなんかも、やりません。関係ないから。
冬至はやるんですよ。柚子湯に入ります。本当はクリスマスなんかも、年の更新の寿ぎだったと考えますが、冬至の日は毎年変わりますので、政治的に25日に決めちまったんでしょうね。

冬至にはカボチャを食べるらしいんですが、西洋カボチャは固くてね、切るのに難儀するから好きじゃない。
ハロウィーンを盆踊りの仮装行列化してしまっている人たちは、ハロウィーンが本当はカボチャ畑にカボチャ大王が降りるのを待つ夜だってことなんか知らないでしょう。
もっとも、都市部ではお祭りが少ないから、なにかにかこつけて騒ぐのも楽しいんでしょうね。
冬至祭やればいいのに。日本の伝統文化ですよ。

そろそろ、スーパームーンが、中天に登る頃です。
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田舎の土地事情

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農地を売りにいった。
既に役場に「売る」「貸す」などで仲介依頼していたが、近所の土地所有者に諮ってみても芳しい反応がなかったということだった。
「譲渡だと贈与になってしまうので、一円でお願いします」
と、本日私は申し入れた。
NHK特集でも、マジメな農家は損しかしなかったとされる悪名高い国営パイロット事業の畑だ。
不真面目な農家というのがいて、絶対に国策なんかには乗せられないという姿勢を貫いた人には、幸福が待っていた。大規模な土木工事代金や道路整備による土地の目減りもなかったし、その土地に道を通さないわけにもいかないので、国が勝手に整備したという塩梅になった。

一昔前なら、まだ田畑に値がついていたようだが、農家の高齢化、後継者ナシという現況から、現在は買い手を探すのは困難と思われる。
そうはいっても、地権放棄はできないし、耕作をしない以上は、毎年の固定資産税や水道料金をせびりとられるから、タダ同然でも売ったほうがマシということになる。
日本中に、こんな土地があふれているという。逆に言えば、農業に参入したい人には最良の時期といえる。土地はタダ同然でもらえるだろう。

前世紀に、日本は金本位制ならぬ土地本位制だと言ったのは司馬遼太郎だ。加えて、それを壊してしまったとも言っていた。
今になってみれば、農政は農家を食い物にすることしか考えていなかったといえる。恐らく、もう農政族の議員などいないのではないだろうか。多くの農家が、怨嗟を呑んでいるからだ。
こんな話を聞いた。その農家は、農業用水に加入することを希望したという。ところが、用水は引かれないまま放置された。それなのに、均等割りで水道料金を課金され続けたという。相続の問題もあり、脱退したというのだが、その始末に50万円支払ったというのだ。私は開いた口がふさがらなかった。一円でも売るというのは、農業用水の賦課金のためである。
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明日があるなら

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自分としては、どんどん世の中が気楽になってきていると、思わなくはない。
今日一日が終わる晩には死んでしまいたいと思い、明朝目が覚めたならまた新しい日を生きる。
キリーロフの「生きていても死んでいても同じ」という神のような境地に近づいている。というより、それを念じ祈っている。これは真正にラクな心構えだ。

辛くとも、本当には辛いことなどない。ただ、事象が流れていくだけだ。その事象にヒネリを入れてやることだってできる。
可能は面白いよ、明日君がやる。なんでもやってみることだ。打ちひしがれていてはならない。
ジェイソン・ステイサムみたいなキャップを目深にかぶってね、どこにでも行くのさ。
奥歯を噛み締め、目をみはって歩くときには、辛さなんてない。

映画「明日に向かって撃て」は、ずっと好きなタイトルだ。映画史上屈指の一本だ。
ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード、キャサリン・ロス。
今、wikiを見たら、当初はポール・ニューマンがサンダンス・キッドで、スティーブ・マクィーンがブッチだったらしい。ロバート・レッドフォードがサンダンス・キッドを好演しているだけに、恐ろしい事情だ。
音楽はバート・バカラック。下のムービーはサウス・アメリカン・ゲッタウェイ。映画では感動もののアカペラ・コーラスで、ユーチューブでもそうしたものはあったが、チェロの合奏を選んでみた。



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100円詐欺? クレジットカードで

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母は認知症だが、100円をカードで使ったらしく、何年も使っていないカード会社から請求があった。母は相当ボケており普段カードを使わないし、使うことができないと言っても過言ではない。それに、100円という切りのいい額面が気になって、カード会社に連絡した。税込み100円などという商品は、考えることができない。あるとすれば、軽微な保険契約等に加入してしまったのではないかという可能性だ。
認知症の者にクレジットカードを持たせていた私が迂闊だったとも言えるが、その進行状態は近親者でも判断は容易ではない。また、なんらの問題も起きていないうちに、家族といえども破棄する話はできない。けれども、考え方を変えれば、今回100円でカードを破棄できたのは、良かったのかもしれない。

まずはカード会社に連絡を取った。何に使ったのか知りたかったからだ。
「通常であれば、利用した店名などが出てくるはずですが、これは請求元が電話番号になっているようですね。こちらでは分かりかねますので、そちらにお電話なさってみてはいかがでしょうか」
と女性オペレーターは言った。まるでうつ病者のような暗く抑揚のない話し方だった。コールセンター病かもしれない。その電話で契約解除することができた。何より支払い口座を既に解約しているため、落ちない。後日、店頭で振り込めと指示された。

次に、問題者に電話した。「ご利用先など」は、BS 03 6743 2266である。たった百円のことで、東京に電話をすることに躊躇したが、継続性のある請求内容の可能性もあり無視できない。
「御社は、どういった業務をなさっていますか?」
「委託を受けて取り立てを代行しているものです」
「これこれの日に使った分は、なんだったのでしょうか」
「それについては、本人を確認することが必要です」
「どうやって? 本人は認知症なんですよ」
「いくつか質問させていただきます」
この時点で、私はあきらめてしまった。面倒臭くなったといってもいい。

今日、カード会社から振り込み用紙が届いたので、早速払い込みに行った。一応の興味で、この店で100円で買えるものがあるかどうかと訊いてみた。店員は首をかしげるばかりだった。
「あ、そうですか」と私は帰るつもりだったが、チーフらしき人を呼んでくれ、その人も親切な応対だった。カード会社に連絡を取ってくれた。実のところ私は適当に切り上げて帰りたかったのだが、その店のハウス・カードなので、少しは違った対応があるのかと期待した。調べて後ほど連絡するということで、私は自宅に戻った。
電話をしてきたのは、おそらくそのコールセンターでもチーフ格の人だろう。回答は明瞭で、淀みなかったが、こちらが訊きたいことに関する答えは一切グレーを通し「わかりません」という明解な回答をくれた。結果として、先日連絡した時のことを堂々巡りすることになった。結局、BS 03 6743 2266に連絡せよという。
「もう、しましたよ。でも、本人確認が必要だというから、やめました」
「でも、そちらが、情報開示の余地を残しているのなら、やってみてはいかがでしょうか」
「どうやって本人確認できるのです? 相手は御社のようなカード会社ではなく、取り立て代行ですよ。そもそも確認できる資料を持ち合わせていない。ははっ。これって犯罪かもしれませんね」
「なんとも申し上げられません」

ここまでは経験談だが、以下は、お楽しみの推測コーナーとなる。
無論、最初は母が使用したものと考えたが、よくよく考えると、もうカードを使うという発想さえできない状態である。母の実使用ではないと推測する。大体、そのカードには本人のサインさえ記入されていなかった。
1 カード情報漏洩が疑われる。今年、大量のカード情報漏洩が発覚した。このカードはJCB系列だが、JCBでも31件の漏洩があったとしている。おそらくこれは事件化した事案だろう。一旦漏洩してその総数が31件であるとするのは、疑問だからだ。
2 なぜ100円なのか? 身に覚えのない高額請求という記事は見る。ただし、この場合、カード所有者が対処をするので、継続的な商売としては成り立ちにくいだろう。けれども、100円であった場合、気づかないか、疑問に思っても払ってしまう可能性がある。
実際、私自身の使用についても、「これ、どこのだっけかな」と訝しむ請求元は多い。利用先と請求会社の名称が違うことは珍しくない。
「ま、使ったんだろう」
と思って払っていたが、認識を改めたいと思う。

今回思ったのは、カードの漏洩情報が売買されている可能性である。高額請求をする者がいれば、低額請求をする者もいるのではないだろうか。高額請求は問題化するが、低額の場合はうやむやになる可能性が高い。実際、私も100円のことで東京ナンバーに問い合わせるのは嫌だった。ショップの店員は、「警察に言ったほうがいいですよ」というヒントはくれたが、100円のことでそんなことをする気にもなれない。無論、消費者相談もだ。その意味では、クレバーだといえる。薄利多売式ネット詐欺だ。
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アマゾンは資本主義のモンスターなのか

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業界の巨人という意味で言っているのではない。文字通りのMonsterという意味である。
ネット・ニュースは暇つぶしに見るが、今読んだアマゾンのコラムに関してはいささか驚いた。情報ソースは田中道昭という人で、リソースはプレジデント・オンラインである。

記事中、大雑把に言ってアマゾンが労働者を抑圧しているという点についてまでは、フムフムと読んだ。
アマゾンは宅配業者を不当労働に駆り立てていると感じる。いつも来る宅配のジイさんが22時過ぎに来ていたことには驚いた。私は、就寝後だったので、荷物を受け取れなかった。こんなことは、これまでなかった。恐らく、朝の7時か8時にはスタンバイしているだろうから、睡眠時間も充分取れはしないだろう。これでは、利用する側も気分が悪い。

記事には、アマゾン自体の従業員も非正規に切り替えているとあった。根拠の明示がなかったが、米国で10万人削減とも書かれていた。
他にも類が及んでいるところはあるだろうから、これはもはや労働の破壊といえるかもしれない。
そうは言っても、労働破壊は日本でも顕著であり、ひとりアマゾンがどうのというお話しでもない。

ソ連を筆頭とする社会主義が好きだったことなどないが、それでも、社会主義自体は資本主義国に影響を与えた歴史があると覚えている。だから、短絡的な言い方になるが、社会主義が倒れたから今の様な労働破壊が起こっているとさえ思える。真空に流れ込むように、資本主義が社会主義を埋めたわけだが、その代わりにやってきたのは、おおよそ非人間的な社会でしかなかった。
比較的大人しくて知性的だった社会主義の代わりに台頭したのがテロリズムだということを、否定できるだろうか。もし世界がパワーバランスで成り立っていると仮定するならば。

私はアマゾンをよく利用する。なにより安いし、大きなホームセンターのどこにあるかわからない商品を探さなくても済む。まとめて自宅まで箱で送ってくれるのは、物凄いサービスだ。しかし、そんなことも誰かの犠牲の上に成り立っている。
米国で首を切られたという10万人は、今後アマゾン・ファンではなくなるだろう。それは10万人のみならず、近親、友人、知人にまで広がるのかもしれない。

しかし、私が本当に驚いたのはジェフ・ベゾスの発言に関してだった。
要約すると、べソスは宇宙開発事業に強い興味を持っており、そのためにアマゾンをやっていると言っていいくらいだと述べているという。合わせて、「地球の将来を考えると人類の何割かは宇宙に住むことが必要になる時代が到来する」とまで言っているという。
これではまるで、よくある宇宙脱出プロットのSF映画ではないか。
肝が冷えた。
これまでは、ニュースで見るアマゾンのゴリ押しも、消費者目線で許していたが、背骨にそんな思想が潜んでいるのならば、怪物の影絵を見ているような心持になる。
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裁判員 専従にすればいいのに

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裁判員候補者名簿に登録させたという知らせを受け取った。
私は裁判員制度自体に反対である。アメリカは独特の歴史風土があるから、陪審員精度を維持できているのだろうが、日本は違う。そのマネをしても始まらないのに、誰が考え付いたのだろう。

残念ながら、これは法的義務なので、原則的には拒否できない。
ただし、呼び出しに応じない者が半数近くに上るという。呼び出しとは、裁判員に選定されるくじ引きに出頭することだ。これには応ずるだけで、日当や旅費が出るので、有休が取れるなら出来るだけ応じるべきだろう。行かなければ損だ。
もし裁判員になりたくなければ、アブノーマルな服装をし、フェイス・ペイントでもしていけば、必ずやくじ引き対象から除外されるはずだ。飲酒して行ってもいいと思う。

私は現在無職である。よって、裁判員制度に専従制が加わるなら、直ぐにでも応募したい。
いつ発生するかわからない呼び出しに、最低で三日以上、長くなれば一週間以上の時間を割くことは、誰しも簡単なことではない。けれども、ハローワークに通っているような無職の人間には可能である。なぜ、これに目を付けないのだろう。就職難に陥っている者への救済にもなる。
無作為抽選の結果、たまたまあなたが裁判員に選ばれましたなんて理想論などいらない。専従の裁判員がいてもいいではないか。裁判官だって弁護士だって専従なのだから。

とはいえ、折角選ばれたので、もしスケジュールの調整がつくのなら、裁判員もやってみたい気はする。おもしろそうだから。
刑事事件限定だから、判決は死刑まで含まれる。そういったことに関わったことによる心的外傷ストレス障害も語られる。けれども、人間生きているうちは様々なことを経験しなければならない。それは避けられないし、それが不幸であっても、私はおもしろいと感じる。

キリーロフ! 生きていも、死んでいても同じさ。

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宝エステート

機械警備の求人募集があったので応募した。
「ちなみに年齢はおいくつでしょうか」
人事担当者は言った。
「51ですが」
「は・・・。何か資格はお持ちですか」
「指教責の1号。機械警備業務管理者」
それだけ言えば、機械警備の人員募集には充分なはずだった。
「あはは。経験がおありなんですね。他に資格は?」
「消防設備士も持っていますが」
「ウチはね、普通の機械警備とは違うんですよ。マンションの管理会社なんで、その対応が主になります。例えばですよ、これから年末に向かいますが、マンションの廊下の吐しゃ物を片付けろと連絡があれば、そんな対応もしなければならない」
「はい」
前職でも、アパート物件が警備対象だったので、多少の経験はあった。特に女性が、合いカギを渡した人間を入れないでほしいとか、感情的な要請をしたりした。そんなことは警察に要請して欲しいのだが、間に管理会社が挟まって懇願されたので、出動せざるを得なかった覚えがある。元より、合い鍵を持っているなど、合法的に入室できる人間を排除することは警備にはできない。明らかな犯罪行為でなければ、警備員にできるサービスはない。通報者が合い鍵で侵入している可能性から考えなければならないのだ。
「あなた、先程消防設備士をお持ちだとおっしゃいましたが、火災報知機の誤作動の要請だってある」
「はい」
無論だが、そんな経験は豊富にあった。この御仁は何が言いたいのだろうか。
「普通の機械警備なら、管理会社に連絡して終わりでしょうが、ウチは管理会社だから、その処置をしなければならない」
「はい」
私は甲種4類を持っているので、一応は自動火災報知設備の設計施工までできる。こちらがどんな資格を持っているのか尋ねもしないで、空論を述べている。
「それにですよ。受水槽の異常とか、普通の機械警備では管理会社に連絡して終わりでしょうが、ウチは管理会社だから、その対処をしなければならないんですよ。おわかりですか」
「はい」
別に、そんな経験がないわけではない。警報装置は、その起因が去らねば復旧しないので、それを待つか、可能なら弁の操作をするまでだ。
そんなことに考えを巡らせて、次は応募手続きの話になるのかと思ったが、
「はい。どうもありがとうございました」
ガチャリと電話が切れた。

全体の荒い応接を考えると、どうも私の年齢が気に入らなかったのだろう。
ところで機械警備員など、5年もやればベテランといわれるほど人員の流動は激しい。あと10年やれる人間が、年齢差別される理由はない。
素人が一から教えてくださいと言っているのでもない。
確かに若いほうが将来性はあるだろうが、さりとて務まらなければ、教育費などで経営コストを圧迫するだけだ。

就職活動をしているのだが、警備業界で人が足りないというひっ迫感を感じる。そのくせ、月給はいくらだというと、15万という。それで人がいないと言っている。
警備業界では、人を人とも思わぬほどコキ使ってもいいというのが常識化してしまったものらしい。
残念ながら、この業界の資格を多数持っているで、それで探していたが、業界を変えた方がいいのかもしれないと思うようになった。
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生きていても、死んでいても同じ

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朗読サイト

表題は、ご存知ドストエフスキーの「悪霊」キリーロフのセリフです。
修辞学的に考えて、文節を前後入れ替えると、違った効果が出てしまいます。
「死んでいても、生きていても同じ」
これでは、特攻隊員かなにかのようになってしまいます。
違うんですね。もっと柳が風に吹かれるような、飄々とした態度なんです。
やはり、「生きていても、死んでいても同じ」という境地が、完全な自由をうむのです。

世の中、この冬の年越しをできない人々がいます。
地下街で、さんざクリスマス・ソングを聞かされて、路上で亡くなる人とか。
そんな人がいるからこそ、クリスマスの七面鳥はうまいのかもしれません。
いや失敬。そんな自由人の魂なんて、誰も食えやしない。

けれども、われわれは自由なものたちの肉をほとんど食べなくなった。かれらのフレッシュをもらわなくなった。
鶏、豚、牛。魚もほとんど養殖となりました。
食生活は、貧しくなるばかりです。
味の違いがわからないなら、まあ、微笑ですな。
スマホが便利だよ〜って話ならいいんですけどね。その代わりに失ってしまったものが確実にあるということです。

確かに、進化はしているのだけれど、何も進歩はしていない。
これはドイツ哲学の欠陥です。ヘーゲルとかマルクスとかのね。
交換の思想が入っていない。
むしろ交換の思想はフランス哲学のバタイユ。
さらに進んで、進化で失うものというものを、考えること。

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キリーロフ

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朗読しています

今日は予知夢がありました。その内容については、プライベートな事なので書きません。

ところで、近頃気になっているのが、ドストエフスキーのキリーロフです。小説「悪霊」ですね。
40過ぎると、身近な人がポツリと亡くなります。50を過ぎればポツリポツリ。
年の近い従弟が亡くなったり。今日も近所の同年輩の方が亡くなったと案内看板が立っている。
それで、自分の寿命は一体いつまでなんだろうと考えたりします。
いや、違う。そんなに長くは生きられないかもしれない人生の仕舞い方を考えます。
そんな長く生きられる保証などないし、そう思うのであれば、エロDVDなど始末しておく必要がある。

自殺について考えるのは、生の価値の問い直しでしょう。
カミュだって、執拗に論考しています。カミュの場合はそこから立ち上がってくるのですが、ドストエフスキーのキリーロフにおいては、自殺してしまいます。
ドストエフスキーの自殺に関する考察は、ふたつの問題をとりあげます。痛みと来世です。
ですが、キリーロフはこの問答のなかで、面白いことを言うのです。
「生きていても死んでいても同じになった時、初めて完全な自由が与えられる」
これは、仏教でいう無の境地に近いでしょう。

けれども、仏教で無と言ったって、現代人には全然入ってこない。
むしろ、ドストエフスキーなんですね。

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